データ・サイエンティストは可視化の夢を見るか?

Does Data Scientist Dream of Visualization?

啓蒙書に畏れいる

今日和。
ちょこちょこと数学・物理の勉強を続けています。
放送大学の通信指導課題はなんとか提出しました。そこそこの点が取れるものもあれば、ケアレス・ミスで惨憺たる結果も。
それに、いくら放送大学の難易度設定がやさしめになっているからといって、自分は数学・物理を実際の問題に適用して解けるようになりたいのですから、単位が取れるくらいで喜んでいてはなりません。自分なりにできるだけ深く理解する必要がある。

いまの弱点は微積です。
高校・大学時代学んだことをおもいっきりロストしています。
そこで重点科目として注力したいのです。

ですが、正攻法で正面突破をもくろんでも玉砕しそうな勢い。
こんなときには啓蒙書からやり直しです。

直観でわかる数学

直観でわかる数学

続 直観でわかる数学

続 直観でわかる数学

直観でわかる微分積分

直観でわかる微分積分

ゼロから学ぶ微分積分 (KS自然科学書ピ-ス)

ゼロから学ぶ微分積分 (KS自然科学書ピ-ス)

よくできていますよね、畑村先生や小島先生の本は。
勉強になります。


なにが勉強になるかって一番を挙げると、微積分での「手探り」の仕方ですね。
手探り状態で原始関数を探し出したりすること自体が本質的で、歴史的経緯に沿っていること、その手法にはある種の洗練があること、これは覚えておいても好いでしょう。
実はわたし、とあるラボに所属していたり居なかったりを此の数年続けているのですが、そこでの先生は『暗記完全否定派』です。
でも、わたしは違います。そういった手法や公式の導出手順をまるごと暗記することには意味がある、と思ってます(和田秀樹氏みたい)。
武道でいったら『守破離』です。
最初、入門してからしばらくは型を学び、それを血肉になるまで身に着け、そのあとにカスタマイズやアレンジが起こる、そしてそのうち独自の道を見出して自立する。
そういうことだと思うんですよ。


わたしは莫迦です。
学生時代は愚直な正面突破でもギリギリ問題を解けていた気がします。
無理矢理、だったかもしれません。
黒板に出て問題を解いてはケアレス・ミスでみんなにツッコミ喰らってました。(あぅ)
でも、社会に出てからはそうも行きません。
エラそうなことをいろいろ言う割りに、その実質を実践できていなかった気がします。
戦略性の不在と申しましょうか。
数学や物理の問題、あるいは社会的な問題、為政者のスキャンダルでも構いません。
そのほとんどに概ね、骨格・構造・構図があるのです。
背景もあります。
そういったことをマクロな鳥瞰図ミクロな拡大図で描き出す。
シンボルを使って分節し言語化する。
こういった『絵図面』としての理解が非常に大切だと、長じてから気付きました。
今更ながら、お恥ずかしいかぎりです。


人間、各々確実に異なった存在ですが、なにかしら似通った部分が大部分を占めます。
所詮、知恵の付いたサルです。
そんなおサルさんたちが各々の思惑にしたがって騙したり傷つけたり助け合ったり。
そう思うと、意外と世情を賑わせている問題の原因や流れも掴めるような気がしてきます。
いや、気がしてくるだけですが。 (-_-;)


いろいろ物思うところ多です。
出来ない者はできないなりに努力するのみ。
ただ、無理しても壊れてしまうので、そこはそこ、マイ・ペースで。 (^ー^;)ゞ


余談:
こういうのもいろいろ買ってあるんですが、いつ読むんですかね?
ってゆ〜か、読むスキルあるんですかね、あたくし? く(-_-;)ゝ

チャンドラセカ-ルの「プリンキピア」講義 (KS物理専門書)

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