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データ・サイエンティストは可視化の夢を見るか?

Does Data Scientist Dream of Visualization?

諦念からの利他行

おはようございます。
先日のことですが、アプリ開発についての会合に参加してきました。

よく「携帯アプリは単機能であるべきだ」と云われていて、個人的に疑問だったのですがリーダーの説明を聞いて氷解しました。
予想以上に一般ユーザー、特に高齢者層の IT リテラシーが低いのです。
うちの母を観察していると、それなりには使っているので安心していたのですが、現実はもっと悲惨なものでした。
要はスマフォに並んだアイコンは『ボタン』なのです。
『ボタン』はひとつの機能を呼び出すためであって、そこからアプリを呼び出して複数の作業をこなすようなもの、とは思われてないのです。

困りましたね、これは。
ですが逆に、巷間言われているような鉄則を遵守する必要性も理解できました。
正直、失望していますが、まあ、よくある話です。

リーダーは「現実にそのようになっているからには必然の理由がある」と言いました。
クライアント組織の内部でも縄張り争いや出世競争があり、さらにカスタマーのレヴェルや要望、クレーマーの存在など様々な関係者のあいだで利害調整した結果が『現実の実装』に繋がっている。
なにかエンジニアがアプリを開発すれば問題が解決できる、といったことはほとんどなくって、実際の問題(たとえば社会問題)の解決には、やはり社会自体での取り組みが必要だそうです。アプリは単なる支援ツールですね。
まあ、自分もこんなところで未だに科学万能主義に毒されていたか、と嘆息する次第です。
いやはや。

それにしても困ったもんですね。