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データ・サイエンティストは可視化の夢を見るか?

Does Data Scientist Dream of Visualization?

数学の歴史

MOOCs 数学の小径 物理の迷宮

今日和。
放送大学の期末試験対策をしています。
特に『数学の歴史』を重点的に。

これは学部生時代、科学史・科学哲学で習ったことですが、やはり数学の歴史ひとつ取っても複線系と申しますか、同時代的な思潮の流れとかあったなかで、とんでもない試行錯誤と紆余曲折の果てに「(科学的)発見」が為されるのです。そして、その発見も、後継者たちによってさらに批判的検討をされる過程で洗練化され、ようやく今日知られているような『理論』に一般化され消化/昇華される。

自分のやっていることをふり返っても勇気づけられるのです。
同時に、我が身の非才を呪うのですが、それでも一般的な大衆に比べて「多少は」数学ができる、物理ができる、情報科学ができる、というのは大きなアドヴァンテージのようです。勿論、上には上が居るのも承知です。

がんばらなきゃいけないなあ。

先日「いつもの店」で懇意にしている年配の女性に説教されたのですが、わたしももう中年です。
別になにがしかの業績を残す必要は本来ないのですが、それでもなにかひとつのことに傾注したほうがより確かな結実を生むかも知れません。
でも、やっぱり広く浅くやっていきたいんですけどね。
ニュートンの死後遺された蔵書は、数理科学のものより遙かに神学や歴史学錬金術についての書籍が多かったそうです。
馬鈴薯先生についていても痛感しますが、やはり広い関心はのちのち総合的・統合的な見解に結びつくようで。
ノーベル賞級の発見、というのはそういった観点から、ごくごく基礎的なことをあたらしい見解で捉えたときに出てくるように見えます。